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2008.07.01

トラウマを理解する

 土、日と2日間の「DV被害者のファシリテーター養成講座」が終わった。「単なる心の傷つきとトラウマ」はどう違うか、自尊心とは何か等、理解する講座だった。多くの気づきがあった。知識として頭で理解するだけでなく、私の議会でのパワーハラスメントによるトラウマと重ね合わせて理解したことで、自分自身の心の回復に非常に役立った。

 いま、私は確信を持って言い切れる。あの異常な18年10月の決算特別委員会で、1日目に、深夜の1時まで引っ張り込んで、市民傍聴者を完全に閉め出した密室の審議のなかで、廃プラ処理施設関係の質疑を強行した日。私も行政側も資料を持っていない中で、無理やりに行わせられた質疑で、私は委員長から長時間にわたって精神的に重大なパワーハラスメントを受けた。
 
 その暴力は、私の自尊心をいちじるしく傷つけた。そして、私の議会制民主主義に対する信念と信頼を崩壊させるほどの衝撃を与えた。委員長は、議会の存在意義を根底から否定する審議運営を行った。多数会派の議員は、時間延長に同意したことで、その暴力に加担した。目撃させられた行政マンたちは、その場で信じられないような異常な審議目撃したが、誰も抗議できなかった。すでに彼等は、常に、精神的なコントロールを受けて無力化されていたから。

 その場に居合わせた人々の心理を、分析すると以上のようになる。

 「暴力を受けて傷つかない人など、誰もいない」と、講師が言った時、私の心は大きくうずいた。胸の奥底から涙がこみあげた。そう、あの時、私は深く、とても深く傷ついたのだ。でも、心の傷は目に見えない。誰も気づかない。本人さえも、気づきたくない。気づくことは自分の無力さを認めることになる。だから自分の傷つきを過小評価して、自分の感情を抑え、冷静なふりを装って、審議を継続した。いま振り返れば、あの時は、予期せぬ突然の暴力を受けて、自分の感情が混乱していたのだ。そして、審議を優先させるのが、私の責任だと思った。

 「トラウマの回復に時間は関係ない」と講師は言った。

 それも納得がいく。時間はまったく役にたたない。身体の傷つきは時間が経てば回復するけれど、心のトラウマは、時間が経っても回復しない。「トラウマを抱えこまされた暴力の実態とは何だったのか」に気づき、自分で癒すしかない。私の場合は、それが起きた原因と、その時に自分が感じた感情をそのまま認め、その時の周囲の人々の状況などを理解することで、自分が無理やり抑圧したためにトラウマになってしまった感情をほぐし、癒すことが必要だったのだ。

 もうすぐ、住民訴訟で争っている「廃プラ処理施設の裁判」の判決が出るという。この裁判と、あの決算特別委員会で、委員長がむきになって暴力をもって押さえ込んだ私の質疑・行政側の答弁の重要性の意味がわかる人は、そんなに多くないだろう。

 でも、私は、今、すべてがわかる。なぜ、彼がそうしたのか、そして、なぜ周りの議員や行政関係者がみんな、見て見ぬふりをしたのか。

 判決は7月3日に出るそうで、テレビでも放送されるらしい。力づくで隠そうとしても、いつか必ず明らかになるのが、人の世の道理となるべきだろう。

たとえ、誰が裁かずとも、天が裁く。